sa Sound Arts vol.2

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World-Art Web: WWWの中の個の存在

気になる話題をピックアップ。毎回、様々な分野で活躍中の方に登場してもら います。今回は、NTT基礎研究所でコンピューターミュージックを研究してい る榊原健一氏にインターネットと芸術活動について書いてもらいました。


最近、テレビや雑誌等でWWW(World-Wide Web)やインターネットのことが頻繁 に取り上げられるようになって、情報収集、発信の有用な手段として注目され ている。阪神大震災関連の報道においても、その有用性と可能性について少し 過大とも言える程に評価したものが多々あった。

元来、コンピューターやネットワークの専門家でない科学者向けに、インター ネット上に在る様々な情報の手軽な収集を可能にすることを目的として考えら れたWWWは、繁雑なコマンドを覚えることなくHypertextによる手軽な情報への アクセスを実現している。テキストだけでなく静止画像、動画、音声などの情 報にも統一された環境の下でマウスをクリックするだけで表示・再生すること が可能となっており、MS-Windowsや、Macintoshの様なGUIが、今日のコンピュー ターの普及をもたらした様に、WWWのGUI環境は日本においてもインターネット 上の情報の利用者を急速に増やしつつある。

利用者の増加、利用者層の広がりは、情報量の増加、多様化を導き出した。今 や、個人の趣味の情報から政府の公式発表に至るまで様々な情報が世界中に散 らばっており、欲しい情報が何処にあるかを検索するサービスや、うどんを注 文するサービス等も提供されていて、芸術に限っても映画、音楽、美術、ダン スに至るまでありとあらゆる分野の情報を取り出すことが可能となっており、 日毎に増える情報量は留まる所を知らない。

急速なWWWの流行の最大の要因は、情報の検索の容易さではなく、情報の発信 の容易さにあると云える。インターネットに接続された端末とソフトウェアが あれば、誰でも好きなことを世界に向けて発信することが可能であり、絵を書 けば、プロの画家でなくてもWWWを利用している世界中の人に発表出来るので ある。

その一方で、氾濫する情報の海は、そこに発表されるべき作品に発表の瞬間か ら十字架を背負わせる。大量な情報の波を縫う高速な検索は、そこで出会った 作品に対する注意力を低下させ芸術の作品の質そのものを非常に手軽なものに してしまうと云う、情報化社会と云われる現代の危険性を常にはらんでいる。 ネットワークに乗ることで質の損なわれることの避けられない美術や音楽のみ ならず、ネットワークの上での発表を想定して作られた作品も、例外なくこの 危険に晒される。

外部から大量の情報を入手出来ると云うことは、自分が今何処にいるのかと云 う様な自らをアイデンティファイすることには非常に有効であるには違いない が、創作活動はアイデンティファイされた自己が行なうのであって、この意味 に於いては外部からの情報は、創造することに関して本質的には役には立ち得 ない。芸術作品から何かが伝えられる瞬間も、作品との間の非常に個人的な状 況の中にあるのであって、そう云う意味においては、多過ぎる情報は芸術を無 力化することになっていると言える。

情報の氾濫する現代では、如何に孤独を保つかと云うことが、芸術家にとって 重要であることが再確認されるのである。また、その孤独な個と外部とのコミュ ニケーションとしての作品の発表が、発信が容易であるからこそ逆に、単なる 情報の受渡しで終らない創意が必要とされるだろう。WWWの流行の要因は従来 のネットワーク上の蓄積型のメディアと違って、「接続した向うに、人がいる ことがはっきりとわかる」所にあったのであり、名前の通り、web の中心は常 に一匹の蜘蛛である筈だから。
榊原健一
作曲/数学
NTT 基礎研究所 情報科学研究部

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