でも今日から,なんとなく真面目に新聞を読もうかなと思う.
実は,物心ついた頃から,奈良から京都に出て一人暮らしを始めた21歳位迄, 本当に真面目に新聞を読んでいた.社説なんかバリバリであったな.
それ迄尋ねた友人の下宿と云うのが,読み終った新聞が悉くゴミとして非常に 邪魔になっていて,その教訓から一人暮らしを始めても新聞は取らない,大学 で読むと決めて取らなかった.
で,一厚木の尼の泣き坂に去年の9月に移って来てからも,新聞は取らないと 云うことにして,会社にも行く様になった訳だから結構,久米宏とかも見れな くなって世間からはどんどん遠のく許り…….
んで,奈良の実家は阪神の勝った時の記事のでかさからと,ちょっとした権威 主義に対する反骨からか知れないけれど,毎日新聞を取っていて,天声人語を普通名詞みたい に使う小学校の先生とか,「自分の環境を総てと思うなよ」と思ったりしてた.
で,母親は株を買ってしまう程の阪神ファンなので,讀賣新聞は絶対に取らな いと云う信念は持っていて,何と云うか僕もその言い付けは一生守ろうとか思っ ていた.
毎回,「僕は新聞読まないので……」と言って断っていたが,勧誘員もある周 期で変わるのか,或る周期で必ずやって来る.
で,或る日,隣の隣の部屋にいた山本さんが引っ越して来た……引っ越しの挨 拶をしていた日に,また,勧誘があって,いつも[あの人たちも辛い仕事して るのだから,インターフォンが鳴ったら無視せずに丁重にお断りするのだ]と 心に決めていたので,「僕は新聞読みませんので」と何回か言ってると,
と,向こう側の声.耳を疑って何回か聞き直すと
その後,覚えてるのは「ちょっと,そこで待ってろ」と言って,インターフォ ンを置いたのと,完全やんきーに戻って「おら,おっさんいてもうたろか」と 顎引いて少し背の低いおっさに上からゆるりと声をかぶせている自分と,挨拶 回りを一階迄済ませて戻ってきた山本さんに「まあまあ,落ち着いて」と言わ れて,間に入られながら,どう見てもチンピラのおっさんの服を掴んで,服を 掴まれて頭に血が昇って真剣に切れ(そうになっ)ていた very dangerous な状 態の自分.あれは何だったんだろね.
思い起こせばあの事件が「あっ,ここは尼の泣き坂なんや.京都の左京区では ないんやな」と引っ越し後,生活の場所を意識し始めたエピソードであったな と云う気がする.